2018年9月16日日曜日

信託と遺留分(東京地裁平成30年9月12日判決)

昨日、一般社団法人民事信託推進センター主催のセミナーに参加してきまして、そこで中央大学の新井先生が、東京地裁平成30年9月12日判決について言及されていました。
判決の詳細は、まだ分からないのですが…

当初受益者が死亡して、第2受益者が受益権を取得した際に、遺留分減殺請求権が行使された事案のようです。
結論としては、委託者から受託者への所有権移転登記の抹消と、信託登記の抹消が命じられた、とのことです。
(それ以上は、判決を読んでいないので分かりませんが…)

現在の民法の考え方では、遺留分減殺請求権が行使されると、被相続人の遺産は遺留分権者と受遺者との間で物権的共有となります。

信託と遺留分については、「信託財産説」と「受益権説」という古典的な対立があります。
「信託財産説」によれば、遺留分減殺請求の行使の相手方は、受託者であるということになります。
そして、遺留分減殺請求権を行使することで、信託財産が、受託者と遺留分権者との間で物権的共有になる、という考え方をとります。
つまり、受託者に移転したはずの信託財産が共有になるわけですから、信託設定自体を破壊する力を持ちます。

一方、「受益権説」によれば、遺留分減殺請求の行使の相手方は、受益者であるということになります。
そして、遺留分減殺請求権を行使することで、受益権が、受益者と遺留分権者との間で準共有になる、という考え方をとります。
この考え方ですと、受託者に移転した信託財産は共有になりませんので、信託は破壊されません。
つまり、遺産を巡る争いは、受益権を巡る争いに、形を変えることになります。

「信託財産説」と「受益権説」は、どちらも一長一短であることから、当ブログでは遺留分への言及を避けていました。

東京地裁は、信託による所有権移転登記及び信託の登記の抹消を命じた、ということですから、信託財産説の立場に立ったのではないかと思われます(まだ読んでないけど)。
いったん、被相続人から流出した信託財産を、被相続人の名義に戻すことで、遺留分減殺請求の行使をやりやすくした、という側面があるのでしょう。

一方、信託を設定した立場からすると、信託財産説に立った場合、せっかく設定した信託が、遺留分減殺請求によって破壊されるわけです。
こうなると、信託が破壊された後の後始末がどうなるのか?
大変多くの論点が生まれてくると思います。

例えば…
受託者から不動産を買った第三者や抵当権を設定した第三者は保護されるのか?
仮に保護されるとして、登記が第三者の保護の要件になるのか?
取引関係に入ったタイミングや登記のタイミングが、被相続人の生存中、死亡後、遺留分減殺請求の意思表示後など異なってくる場合、保護されるかどうかが変わってくるのか?

受託者が信託財産責任負担債務を負った場合、その債務は受託者が個人的に負うものになるのか?
信託登記が抹消された結果、信託財産が被相続人の遺産であるかのように扱われるのは仕方ないとしても、受託者が借り入れた債務まで、被相続人の遺産であるかのように扱うのは筋が通らない気がします。
そうすると、受託者のもとには債務だけが残るのか?
とてもかわいそうな結果になります。
債務だけ負う受託者もかわいそうですし、信託財産を責任財産として考えていた債権者もかわいそうです。

では、遺留分の評価は?(税務評価ではない)
信託財産が被相続人の名義に戻るのに、信託財産責任負担債務は受託者が負う、という結果になれば、遺留分の評価から信託財産責任負担債務を控除できない結果になるのではないか?
積極財産だけ評価して、消極財産は評価できないという事態が発生する?

相続法改正の影響は?
まだ未施行の民法改正ですが、遺留分減殺請求権は、物権的共有をもたらすのではなく、金銭債権となります。
物権的共有をもたらすのであれば、設定された信託を破壊する意味はあろう、と思いますが、金銭債権であれば、わざわざ信託を破壊する必要性は乏しいと思います。

一度設定された信託が否定されることの意味は大きく、法的安定性を損なうことになります。
受託者から不動産を買ったり、抵当権を設定したり、受託者への貸付を行った後に、その法律効果が後から否定されるということが万一にも起きるとしたら、受託者と取引に入る第三者としては、大いに警戒しなければなりません。

まだ判決を読んでいない段階ですので、いろいろ勝手に書いているにすぎませんが、現状では、遺留分に配慮しない信託の設定はかなり危険かもしれない、と思います。
特に第三者との頻繁な取引が予定される場合には…

判決を読んだら、またコメントします。


平成30年9月17日追記
信託財産説ではなく、受益権説に立った判決だというコメントをいただきました。
そのうえで、遺留分潜脱の目的で公序良俗違反無効、とのことです。
また、収益を上げた財産については無効にしない、というものだったと。
そうすると、上記の考察は必ずしも当てはまらないのですが、検討がすべて無駄であるとは思えないので、残しておきます。
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